僕と彼女と、ウルトラマックス。
「誕生日にたくさんのフィルムをもらったから、どこかお出かけしようか。」
出不精の僕が提案するデートに、君は決まって笑顔で応えてくれる。
先日、亡き祖父から受け継いだフィルムカメラで撮った写真たちは、まるでピントがあっていなかった。
でも実は、ほんの少しだけ、ピントが合った写真もあったんだ。
それはまるで、僕たちの距離感を表しているようだった。
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「この家を出てってほしい。もうあなたのことを信じられないことがつらい。」
それは突然、というわけでもなかった。
冬が出番を終え、春が顔を覗かせようとした頃、僕は他の女と寝た。
その後数ヶ月した頃、そのことが彼女に伝わった。
いわゆる修羅場だ。
彼女に悪いところは一分の隙もなく、僕はただひたすらに謝罪。
結果として、執行猶予付きの釈放というかたちになり、その場は収まった。
その後、夏を超えて秋も半ばに差し掛かった頃。
当然ながら、僕はその間大人しく過ごしていた。
一部の人からは「お前付き合い悪いな最近」などと茶化されたほどだ。
ところが、僕の振る舞いとは関係なく、彼女の心中は終始穏やかではなかった。
結局、僕が家にいない時間はすべて「他の女のところへ行っているのではないか」という不安と疑念が募るばかり。
そこに信頼の文字はなく、心休まるときはなかった。
理屈を並べてしがみつくことも試みたが、まるで取り付く島もない。
「わかった。じゃあ、今月中に新しいところを探すから。それまでは家に置いといてほしい。」
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僕たちが住んでいたところは、幸いにして海が近い。
「何か、フード販売してるトラックとかあるといいね!」
駅に到着する前から、何を食べるか考えている彼女。
目的としては写真を撮りに来たわけだが、わざわざ水を差す必要もない。
お腹が満たされたことで、どこから撮っても笑顔になりそうだ。
とはいえ、少し肌寒いから屋内へ向かおう。
ガラス張りの建物は、1歩足を踏み入れただけで生暖かい空気が充満していることがわかった。
寒空の下で冷えた体には、こもった暖気でさえ優しさを感じられる気がした。
定期的に手入れする爪。
欠けていないかよくチェックする。
だって、ネイルは2進法。
ちょっとでも剥がれてしまったら、それはもはや0だから。
建物を出て、海辺へ向かうとやっぱり肌寒い。
それでも、水面に溶けていく夕陽が、僕らの周りだけを温めてくれているような、そんな気がする。
夕陽に対して、逆光と順光。
同じ笑顔なのに、ふんわり笑顔と、ぴっかり笑顔。
溶けきる夕陽を見送って、お家へ帰ろう。
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その後、新しく住まうシェアハウスを取り急ぎ契約した。
もともと彼女の家へ転がり込むかたちで同棲していたため、思ってたよりも荷物は少ない。
ホンダのNワゴンにすべての荷物を詰め込み、後方のドアを勢いよく閉める。
タイムズカーシェアの便利さに感動しつつも、彼女と共同で作ったこの会員カードはどう処分しようかなどと考えを巡らせるふりをしながら、車を発進させた。
助手席は、すっかり荷物置き場となってしまっていた。
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後日、彼女の家に向かって一緒に歩いている途中、彼女に尋ねた。
この関係って結局どうするの。
「出てってと言った翌日に、やっぱり別れたくないってもう1回言ってくれればよかったのに。」
部活動の顧問かよ、と吐き出しそうになった悪意を飲み下した。
「さすがにそれは無理ゲーだろ。」と返す。
乾いた笑いを顔に張り付けたまま、僕らは手を繋いで歩いた。
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この記事は鶴さんが作成した年の瀬に #エモ散らかし隊 Advent Calendar 2019の記事です。
昨日の担当はひげこいさん。
写真だけでエモをつめこんだ、技ありの1記事。
記事はこちら「もしネットがなくなったとしても」
次の記事はシゲさん。早く飲みにいきたいね。
記事がアップされたら、ここにリンクを貼る予定。